いい本との出会い

ヤンゴンでこんな本を買いました。

タイトルは、「Cook and Entertain the Burmese Way」、「ミャンマー式料理ともてなし」とでも訳されるでしょうか。実はすごく貴重な本で、ミャンマー人女性としては初、ミャンマーの文化について1978年に書かれたものなのです。

内容が実に面白い!

普通のレシピ本かと思いきやそうではないんですね。

調理器具や火の使い方からミャンマーの文化の紹介をしてくれているのです。そのうちのいくつかを紹介したいと思います。

○味の種類
・塩気、酸味、甘み、辛み(胡椒、生姜、唐辛子など)、香り高い(品質の良いお米やローストされた唐辛子の粉が”香り”の例)、深み(木の実によって増す味の深みのこと)、にがみ(野菜に含まれるにがみのこと)、鼻につんとくる(スパイス)があります。他にも、”重い”、”軽い”、”満たされる”なども味の種類として記載されていました。

ーー確かに、日本では食べたことがないような、どう形容したら良いかわからない味に遭遇することがあります。

○すり鉢はかかせない
朝日が昇るとすり鉢を使って調理する音が各家から聞こえてくるそうです。そうやって作られたドレッシングや調合スパイスを用い、ミャンマー独特の香り豊かな料理にしていきます。唐辛子、タマネギ、ニンニク、生姜は毎日の食事に欠かしません。さらにはカレースパイス、乾燥エビ、ごま、大豆なども調合します。

ーーこうしてスパイスが効いた料理ができあがります。それにしても日本では目にしない光景です。子どもの頃、ごまを擦る手伝いをしたことがかすかな記憶の中にあるくらいですかね。

○田舎の女性が食事前に風呂上がりなわけ
火の燃料は木で、料理をすると体中がススだらけになってしまいます。ゆえにキッチンは外にあり、モダンな家でも喚起が優れた作りになっています。墨だらけになったら陽が落ちる前に川で水浴びをして、そのまま夕食の席に着くわけです。

○腕の良い料理人は地域の産物についてよく知っている
肉や魚にも旬があります。例えば豚はピーナッツの収穫時期やラード油の価格が下がったときに一番肥えてきておいしいです。鶏はモンスーンの時期に泥が増え育てるのが大変になってくると安売りされます。エビはモンスーンと冬の間が旬です。野菜もしかり。それぞれ食べるのには適切な時期があるのです。旬のものはおいしいですが、それだけがメリットではありません。健康的に効率よく一年間を過ごすための技術を習得することでもあるのです。自分の地域の産物の旬を把握することができる料理人は腕の良い料理人なのです。

ーー”料理人”に求められているスキルが高い!この本の中で料理人とは専業主婦を指していますが、もはやプロですね。

こうした説明とあわせてレシピが紹介されています。自分の生活環境をみつめて自国の文化について本をかくなんて本当にすごいな、この著者は!と感心してしまうわけです。

水浴びをする様子

水浴びをする様子

川と民家

川と民家

Cook and Entertain the Burmese Way

Cook and Entertain the Burmese Way

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道ばたの本屋さんで買いました

道ばたの本屋さんで買いました

ミャンマーの食事

ミャンマーは未知数。私もミャンマーに着いてからやっとミャンマーという国のイメージが出来上がってきました。

実際、外国人が入ってはいけないエリアが未だに数多く残っていました。去年アメリカの経済制裁が終了したという事実からもわかるように、今まさに激変中のミャンマー。旅行客も徐々に増えてきてはいますが、外に発信されている情報も少なく、実際に足を踏み入れないとわからないことばかりです。

ミャンマー料理もわからないことばかりでした。

代表的な食事は、ミャンマーカレーとお米です。

ベースの味つけに魚醤やエビのペーストを使っていること、大量の油でのばして調理することがインドカレーとの大きな違いらしいです。

写真をみるとわかるように、たしかにすごく油っぽいんです。

一般的な食事の組み合わせは、これにサラダ、スープ、生野菜とディッピングソースがつきます。サラダは生野菜を刻んでスパイスとレモンの効いたドレッシングで和えます。スープは簡素的なものが多く、野菜を煮て胡椒をふったものなど、他のメニューの濃厚さを際立たせるための口直しのような立ち位置であっさりしています。

ミャンマー料理を形作る上で重要な国が二つ。インドと中国。ちょうど地図上でも両方に接しています。

インドの影響からサモサを刻んでひよこ豆のスープをかけた料理や、マッシュルームやカリフラワーを使った中国料理から習った味付けのスープなどは、すっかりミャンマーに住む人々の食生活に取り入れられています。

忘れてはいけないのがミャンマーが多民族国家であるということ。なんと!大きく8つの部族、全体で135に及ぶ民族が存在するそうで(wikipedia参照)、行くエリアによって食事も大きく異なってくるそうなのです。

残念ながら主要なエリアの旅行をしただけでは食事の違いは試すことが出来ませんでした。いつかゆっくり旅をしながら食の違いも味わいたいものです。

豆腐カレー。この液体部分は油です

豆腐カレー。この液体部分は油です

一般的な屋台のカレー屋さんです

一般的な屋台のカレー屋さんです

カレーの一例

カレーの一例

生野菜、カレーなどおかずがいっぱい

生野菜、カレーなどおかずがいっぱい

あっさりスープ(右)、サラダ(左)、カレー(中央上)

あっさりスープ(右)、サラダ(左)、カレー(中央上)

ライスサラダと称されていた

ライスサラダと称されていた

トマトサラダ

トマトサラダ

「中国料理」とメニューにありました

「中国料理」とメニューにありました

サモサスープ屋さん

サモサスープ屋さん

これが刻んだサモサ

これが刻んだサモサ

ひよこ豆のスープをかけます

ひよこ豆のスープをかけます

スープがかかりました

スープがかかりました

お茶っ葉や木の実、ごまのお茶請けです

お茶っ葉や木の実、ごまのお茶請けです

たこ焼きみたいなうずらのたまご焼き

たこ焼きみたいなうずらのたまご焼き

お好み焼きみたい

お好み焼きみたい

刻んだキャベツなどを挟みます

刻んだキャベツなどを挟みます

こんなおでん屋さんも

こんなおでん屋さんも

ココナッツライスのケーキ

ココナッツライスのケーキ

シャン州の麺らしい

シャン州の麺らしい

こちらもシャン州の麺らしい

こちらもシャン州の麺らしい

ミャンマー僧侶の生活

世界新聞に掲載された記事には、ミャンマーでお坊さんに味噌汁を作ったことを紹介しました。今回はお坊さんと生活して見えた裏話を紹介したいと思います。

お坊さんは…

・尊敬の対象です。
外を歩いて貢ぎ物をもらい歩くことは既に世界新聞記事にも記載しました。さらに、家にいる際はひっきりなしに来客がいます。訪ねてきた人たちは皆、手を合わせひざまづき挨拶をします。皆さんおしゃべりをして帰って行きますが、お金や食べ物を持ってくることが多いです。

・午後は規律で食べません。
朝ご飯は午前4時から、お昼ご飯は8時半から裸足で外を歩いてもらってきた食べ物。正午までには食べ終え、午後の断食に備えます。しかし午後でも液体はOKらしく、ジュースやお茶は飲みます。ある日の夕方、アイスクリームを一緒に食べに行ったところ、溶けるまで待って食べたことがありました(!)う〜ん、溶ければ液体ですもんね。ちなみに午後の断食にも特例があります。育ち盛りや病気の僧侶は食べますし、それに、自分自身で後に罪滅ぼしを行えば食べても良いという考えもあるそうです。

・「お金はもらいません」、「テレビは見ません」は過去のこと
昔は現金をもらってはいけないというルールがあったそうな。しかし現在はお金がなくてはバスにも乗れないし、医療も受けられないということで、現金を貢がれても良いと言うのが現代の考え方らしいです。小学生低学年くらいのお坊さんはもらったお金でお菓子を買いに行ったりすることもあるといいます。かわいらしいです。(*ただし、単なる物乞いの偽僧侶もいます。)
最近ではライフスタイルの変化に伴い、テレビや音楽も見たり聴いたりするそうです。ウヴィセイタさんの弟子たちが食い入るようにテレビを見ています。

・たとえ男性しかいなくても下半身はさらしません!
日本のような風呂はなく、1日に1度か2度、水浴びをします。その際は決して下半身をさらしてはいけません。袈裟を着たままどうにかして洗い、その場で新しい袈裟を上から着るらしいです。隠しながらうまいこと着替える様子は、まるで日本の女子の着替えですね。ちなみに、今回お坊さんと一緒に水浴びをしてきたken氏によると、パンツははいていないらしいです。写真は食器洗いや歯磨きをするための水桶の様子。水浴び用の水桶は同じ作りですが、気持ち少しだけ茂みの中にあります。
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・5つの禁止事を厳守します。
盗む、嘘をつく、酒とドラッグ、女性に触る、生き物を殺す。以上に手を出すことはありません。ミャンマーの僧侶は結婚もしません。女性とは握手もしないらしく、私も気をつけて挨拶は手を合わせて会釈をするのみにとどめました。

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アイスクリームやさん Icecream shop

アイスクリームやさん 

アイスクリームは溶けるまで待つ 

アイスクリームは溶けるまで待つ

TV鑑賞中の少年僧侶たち young monks watching TV

TV鑑賞中の少年僧侶たち

水桶 water tank

水桶

思い出にパシャリ for our remembrance

思い出にパシャリ

ミャンマー人はあたたかかった 

タイからミャンマーに徒歩で入国してから1週間が経ちました。北タイにあるメーサイという場所は、タイ、ミャンマーの国境地点でさらにラオスにも接しているため、「ゴールデントライアングル」と呼ばれます。私たちはここから徒歩でミャンマー入国を果たしたのです。

ここメーサイでは細い川をまたいで隣国ミャンマーとなるのですが……島国日本から来た私には新鮮な感覚です。「たったこれだけ?!」みたいな。実はメーサイだけではなく、南北にのびたタイとミャンマーの国境線は本当に山や川に隔てられているだけ。国境沿いをツーリングして北上したからこそ目で見てわかったことでした。

ミャンマー人は簡単にタイとの間を行き来できるみたいで、大荷物を積んだトラックも、10人くらい人を乗せた小さめのピックアップトラックも中身をチェックされずに簡単に入国管理局を通過していきます。

入国管理局の目の前のメインストリートでは屋台と土産物店がひしめき合い朝から晩まで賑わうのです。商品を仕入れやすいことはもちろんですが、通行人が多いことが賑わいの最大の理由。賑わいが賑わいを呼び今ではすっかり観光地となっています。日常品、土産物、中国の珍しい食材などとにかくなんでも売ってしまえといった感じ。

国境を越えた向こう側は、あこがれのミャンマーでした。ミャンマーと言ってもタイ側のメーサイと同様、国境の町。タチレクというその町にはメーサイのような賑わいはないものの、ざっくり言ってしまうとタイに類似している部分が多いのです。

驚くことに、ミャンマー内でも唯一らしいですがタチレクの通貨はタイの通貨バーツでした。そしてタイ語も話す人が多いとも聞きます。

確かにバスで乗り合ったミャンマー人のおばさんに「ありがとうってなんて言うの?」と聞くと、「コップンカー(タイ語と同様)」と教えてもらったし、タチレクにある空港では売店の人たちがコップンカーって言ってくるのです。(ちなみに後でわかったことはミャンマー語のありがとうはチェーズーテンパーデー……)私はコップンカーくらいしかタイ語がわからないのでなんとも言えないのは承知ですが、やっぱりタイに似ているんだ!なんて勝手に思い始めるわけです。

ところが、飛行機に乗りはるばるヤンゴンにやってくると、流れている空気が全然違うことに気づきます。地理的に暑くてじめじめしていますが、それだけじゃない何かが違う。

安宿の窓から見える景色は美しく、町にも植民地時代の建物が多く残っています。多くの人がサロンを着用しており、そしてタナッカーという肌に良いらしい粉をつけています。お坊さんの数はタイより確実に多いし、女性のお坊さんだっていっぱいいます!

とにかくそんなこんなで驚くことが多かったヤンゴンでした。

ミャンマー人は対人距離が近くて、暖かい。道行く人にほほえむとほほえみ返してくれる。そして民間レベルの治安は格別に良いです。

この一週間でミャンマーが大好きになりました。

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タイ側にある看板

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この細い川の向こう側がミャンマーです

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国を渡す橋

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メイサイの様子

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夜のメイサイ

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ミャンマーへ徒歩で橋を渡る

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タチレイ、ミャンマー

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飛行機でヤンゴンへ

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ヤンゴンの町

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イギリスの領地だったころを思わせる

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男性だってサロンを着る

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この粉がお肌を守ります

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小さく女性のお坊さんの列が見えます

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人が本当にあたたかい

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電車の中から「ハロー!」

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このお坊さんにジュースをおごってもらった

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このミャンマー人たちは日本語がしゃべれた

Also when I took a local bus in Tachilek, I asked a woman beside me how to say “thank you”. She answered ” Kob Khun Ka, same as in Thai!”. It was a little unexpected for me. Also even the currency was Thai bahts in Tachilek. Thanks to those experiences, I came to assume that Myanmar is similar to Thailand day by day.

However, after flying to Yangon, my impression on Myanmar changed completely. Myanmar seemed so different from Thailand that I even felt ashamed of myself for having thought that it is not so much unique from one another.

Colonial buildings, men wearing skirts, some yellow powder called thanaka on people’s faces, the cracking number of monks (really!) and it can keep going on like this. I fell in love with the people here in this one week of stay in Yangon.