ジャパン味噌プレス4月号

美容のため、健康のために、味噌の効能を見直そう!

ミソガールが味噌を体現していく「ジャパン味噌プレス」という味噌業界紙。4月号より半年間、味噌玉世界旅の連載が決定しました。

表紙は日々味噌(和食)普及活動をされているミソガール

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インドネシアで味噌汁を振る舞った様子の記事「ダイバーに好評だったジャガイモの味噌汁」。
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[ 連載 ] http://misopress.com/misodama.html
[ ジャパン味噌プレス ] http://misopress.com/
[ ミソガール ] http://miso-girl.com/

意外なるカルピスの由来 

馬乳酒

馬乳酒屋さん

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モンゴルでは夏になり草が生い茂る頃に馬が出産をむかえる。子馬にあげるお乳で作るお酒が馬乳酒。

味はというと、日本のカルピスサワーからあの甘さとサワーのシュアシュア感をなくして、さらにヨーグルトの液体と固体が分離しちゃった液体部分を究極に酸っぱくして加えた感じ。ちなみに日本のカルピスはモンゴルの馬乳酒をモデルにしたらしい。思わぬところで日本とモンゴルのつながりを感じたのだ。

ワンコンロ、ワンプレート 

wood burning stove

wood burning stove

モンゴル料理は飽き飽きする程種類が少ない。羊肉と小麦。汁ものか炒めもの。揚げパン、肉まん。パンと乳製品。以上!

ゲルの中を拝見すると、家の中にブリキ製のストーブがあって、壁のまわりにベットがおかれているだけ。これが木の家になっても基本は一緒で、同じブリキ製のストーブが1つ、ソファやベットが家族の人数分一部屋に置いてある。

調理器具はストーブの蓋を取り外した後ストーブの上に置く中華鍋のようなもの。それでモンゴル茶を作るし、羊肉を茹でるし、小麦の麺も茹でる。揚げものもする。パンを焼くときはストーブの上に丸い普通の鍋を置いて焼く。ちなみに田舎を離れてもその名残が色濃くある。モンゴル料理レストランではそれをベースにしたメニューしかないのだ。今でこそ複数のコンロや調理器具、食材が手に入るウランバートルでさえメニューに変化が見られない。

味噌汁がモンゴル料理になった 

mongolian house

Ott

Ott

一緒にボランティアで汗をかき仲良くなったアメリカ人のベンとボランティア受け入れ人のオトゥに味噌汁をごちそうした。 オトゥのリクエストで味噌汁がなんと羊肉と小麦の麺を煮たモンゴル料理の中に投入された。私の作った味噌汁は、文明と選択の自由の象徴だった。久しぶりに羊肉から解放されたのだ。しかしあっという間にド迫力の羊の獣臭さに乗っ取られていく……あぁぁ。味噌汁タイムは敢えなく終了した。

折り紙をおらせてもらった

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DSC_1410馬ガイドの知り合いの方のゲルで休憩する。おじいちゃんとおばあちゃんと7歳の女の子がいた。

スーテーチャという、お茶にヤクのミルクを入れたものを振る舞われる。自分たちでパンも焼くらしく、焼きたてのパンもいただいた。
お返しに、折り鶴をおってあげた。女の子よりおじいちゃんの方が興味を持ってしみじみ見てくれた。

馬使いゾルゴー 

horse back ride tour

camp at khovsgol area

yuk meat in shin-noodle
馬ガイドのゾルゴーは、靴下の代わりに足に布を巻いている。
乾燥した羊肉を持ち歩いている。
馬の鳴き声と口笛が異常にうまい。

そんなゾルゴーは、自分のお茶やスナックをいつもシェアしてくれる。
そういえば行く先々お邪魔する田舎の家では、とりあえずお茶とパンをシェアしてくれる。

こんなときみそ汁をゾルゴーにシェアできればなぁと思うが、馬に乗るため荷物を極限まで減らしたため今回はみそ汁作りはなし。><
写真は、乾燥したヤク肉とそこらへんに生えてたワイルドオニオンを使った辛ラーメン。

フランス人に味噌汁を 

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事前にマーケットで購入していたキャベツで、フランス人のルームメート達にみそ汁を振る舞うことに。
モンゴルの乾燥して肌寒い気候は味噌汁を大変美味しく感じさせる。思わず「ふ〜おいしい〜」と言ってしまう。フランス人たちも本当に美味しそうに食べるね。けれど煮干しの見た目には驚いていた。

幻の辛い羊鍋料理

inner mongolian food二連浩特は中国内ではあるが、内モンゴルエリアとだけあってモンゴル民族が多いよう。入ったレストランで注文したやはり鍋料理は羊肉。辛いが、塩とスパイスが肉の味馴染んでおいしい!不思議と外モンゴルでは二度とお目にかかる事がなかった。高級料理だったのかもしれないなぁ?